• 12月上旬のある日、lynch.からインタビュー依頼を受けた。時期的に考えて「2022年の展望」といった内容になるのだろうと想定していたのだが、マネージメント側から今回の取材テーマを知らされた際、僕は絶句するしかなかった。一時活動休止を決めた、というのだ。過去、動きを止めざるを得ない状況に陥っても常に前進を続けてきた彼らが、ここにきて初めて自分たちの意志で立ち止まることを決断したのは何故なのか?事情が一切わからぬまま、12月11日の午後、メンバー全員参加によるZOOM取材という形式で、5人に話を聞くことになった。以下は、その際の会話の一部始終である

  • —— 正直、寝耳に水でした。メジャー・デビュー10周年記念のボックス・セットに関する話をしたばかりのタイミングでのこの一報。一時であるとはいえ活動休止という言葉には驚きを隠せません。まずはこの決定に至った経緯を教えてください。

    玲央:昨今のコロナ禍の影響で、ライヴ活動もままならない状況が続くまま時間が過ぎていき、たとえば2020年についても無料配信ライヴだとか日比谷野外大音楽堂でのライヴなど、限られた中での活動展開はしていたわけですけど、lynch.がそれまで続けてきていた本来あるべき形での活動のあり方からは大きく変わってしまっていたと思うんです。そうした状況下、おそらく各々、バンド活動も含めた自分なりの生き方や考え方というのを見つめ直す時間というのが当然のようにあったはずで。そうしたことも含めて、この先どうしていきたいかという話をする機会が2020年10月、野音でのライヴの前にまず一度あったんです。その中で葉月のほうから、活動ペースの見直しなどを含む、いくつかの提案があって。たとえば結成以来ずっと葉月がこのバンドのメイン・コンポーザーとして曲を作り続けてきて、今現在も8~9割を彼が書いているわけですけど、そうした制作面でのことも含めて、このバンドのあり方というか活動スタイルについて再考すべき時期にあるんじゃないか、と。ただ、現実的にはその直後に野音があり、2021年に入ってからは前年からの延期分の振替ツアーもあって、そうしたツアー中にはツアーのことだけに集中していたので、具体的にはこの夏ぐらいから改めて話し合いを進めてきたんです。ただ、すべての問題を一度にクリアにできるような上手い方法というのはちょっと見当たらなかったし、詰まるところ「lynch.を続けること」を最優先で考えるべきだという結論になり、そのためにはここで活動を一度止めて、仕切り直した形でまた再開すべきじゃないかという想いが強くなってきて。そういったことを先日、みんなに集まってもらって話したんです。


    —— つまり葉月さんから最初の提言があった時点からは1年以上が経過していて、休止という結論が出たのはごく最近ということなんですね?

    玲央:そうですね。実際、いろんな意見が出たんです。自分たちのツアーはやらないながらも、イベント的なものには出ていくべきなんじゃないかとか、活動休止みたいなことを敢えて謳わないまま表立った活動のない状態を続けていく方法もあるんじゃないかとか。ただ、それこそメジャー・デビュー10周年ということもあって、ここ最近、自分たちのこれまでの歴史について振り返るような機会も多かったわけですけど、lynch.はずっと年間50本前後のライヴをコンスタントにやってきましたし、そういった動き方をしているのがlynch.というバンドだとファンのみんなも認識してるはずだと思うんです。そこで、こうしてコロナ禍が落ち着いてきて各バンドの動きも活発さを取り戻しつつある中、常にライヴ活動を続けてきた僕ら自身が、いちばん期待されているはずの動きをせずにいる、何の断りもなしに動きを止めた状態にあるというのは、バンドとしての誠意に欠けるんじゃないか、と考えたわけです。同時に僕自身、こうして16年、17年とlynch.をやってきて、改めてこのバンドを仕切り直して進んでいくためにも、一度活動を止めて、気持ちの整理をしたいというのもありました。そのうえで、また然るべき時期から走り出したい。そういう自分の気持ちを伝えて、メンバーたちにも納得してもらったんです。

    —— 要するに、続けていくためには一度止まるべき局面にあると判断した、ということですね?

    玲央:まさにその通りです。


  • —— なるほど。しかし皆さん、口が堅いですよね。この1年間のうちにも何度か取材などで顔を合わせる機会がありましたが、まさかそんな話になっているとは思ってもみませんでした。ただ、葉月さんが曲作りについて以前はわりと楽観的な発言をしていたのに対し、最近は「まだ頭の中にアイデアがいくつかあるだけ」とか「各メンバーの色をもっと反映させたい」といった言葉を聞いていたので、これまでとは少し違う流れにあるのかな、という感触があったのも事実です。そうした発言が出ていたのも、そうした経緯があったからだったんですね?

    葉月:そうですね。どこから話すべきなんだろう?結局は、今も玲央さんが言っていた、野音でのライヴを控えていた頃のミーティングの場での僕の発言がコトの発端だったと思うんです。振り返ってみると、あれは『AVANTGARDE』の制作当時、つまり2016年頃ということになると思うんですけど、常に自分が中心となって曲作りに取り組んできた中で、初めてそれまでとは違う感覚が自分の中に現れたというか。シンプルに言うと、もう何も出てこなくなっちゃった時期というのがあるんですよね。


    —— 曲のアイデアが、ということですか?

    葉月:純粋にそういうことです。lynch.をスタートさせてから、その時点ですでに12年ほど経っていたわけですけど、バンドの姿かたちは定まっているのに対して、まわりの音楽シーンだとか自分自身が得られているインプットというのがかなり変わってきていて。しかもそのインプットがlynch.というバンドの形態だとかスタイルにかならずしも結びつくものではなくなってきてたんです。自分が新たに吸収していく音楽がlynch.に反映できないケースが多くなってきてたというか。そういうことになった場合、どんなジャンルでも関係なくやるバンドというのもいますけど、僕としてはlynch.というのはそうではなく、音楽的にも「こうあって欲しい」というのがわりと強いバンドなんじゃないかと思っていて。ただ、そこで新たなインプットの中にアウトプットに繋がるものがないとなると、どうしても自分が今まで作ってきたものからヒントを得ながら作らざるを得ないようなことになってしまう。そうやって繰り返しアルバムを作りつつ、『AVANTGARDE』あたりで初めて「あ、ヤバいかもしれない」という思いが生まれてきたんです。もちろんその後にも『Xlll』、『ULTIMA』と作ってきましたけど、ホントに……敢えてストレートに言いますけど、本当に辛かった。

    —— そこまでの苦悩を抱えていたとは。

    葉月:「辛かった」以外に相応しい言葉が見つからないんです。ただ、このバンドを始める時に「曲を作らせてくれ」って言ったのは僕自身だから、ここにきて今さら「もうできないんです。辛いんです」と弱音を吐くのは違うなと思ったし、そこで自分の心がパキッと折れて「もう辞めさせてください」みたいな思考になることもなかったし。当然それも頭に浮かばないことはなかったけども、このバンドを去るとかそういう選択肢はないと思ったし。というのも、僕がここまで来られてるのは誘ってくれた玲央さんのおかげだし、そこでの恩義みたいなものも当然感じてるんです。それは他のメンバーに対してもまったく同じで、lynch.がここまで来れたのは間違いなくみんなが居てくれたからこそだと思ってるんですね。そこで僕が「ごめんなさい、もう無理です。辞めさせてください」なんてことを言ったならば、みんなの生活まで変わってしまうことになるわけじゃないですか。当然そんなことはしたくないし、自分としてもこのバンドを続けたい。そういう気持ちから、2020年の10月にそういう話をさせてもらったんです。

    —— ただ、実際にはその4年ぐらい前からずっと思い悩んでいたわけですね?

    葉月:そういう状態が続いていました。そこにコロナ禍がやってきた。もちろん今回の決定についてその影響がゼロだとは言い切れないところもありますけど、僕はそのせいにしたくなかったし、実際、世の中がそういう状況になるずっと前から抱えていた想いではあるんです。初めてその話をしたミーティングについても、そもそもは別の目的で設けられたものだったんですね。2021年の2月に日本武道館公演が決まってたじゃないですか。それに向けてどんな動きをしていくか、という話をする場だったはずなんです。そのためにメンバー全員とマネージャー、ライヴ制作の担当者が名古屋の某所に集まって……。そこでひと通りの話が終わったところで、せっかく全員集まってるということもあったので、僕のほうから「ひとつ話したいことがあるんですけど」と切り出して、自分の気持ちを話させてもらったんです。

    —— 作品リリース自体が滞るようなことがなかっただけに、好調な状態が続いているものだとばかり思っていました。

    葉月:いや、もちろんその経過の中でもいい曲が生まれてたとは思うんです。ただ、正直に言うと「作曲期間が巡ってくるのが怖い」ぐらいの感覚というのがここ数年はあって。そこで、創作活動のペースを落とさせて欲しいと申し出たわけなんです。メジャーでのリリースということもあって、これまで遅くとも1年半から2年の間にアルバムを1枚出すというペースが保たれてきて、特に長い間隔を空けることもなかったんですけけど、このままの周期で続けていくことには無理があるし、それに伴って、できればライヴの本数も落としたい、と。正直、今までのように自分主導で制作するっていうスタイルにちょっと限界が来てるというのもあったし、その逆に、自分の中から新たな音楽が芽生え始めてるというのも感じてたんですね。つまり、lynch.では形態的にもスタイル的にもできないものというのが。それは『AVANTGARDE』当時からではなく、もうちょっと時間が経ってから……2019年ぐらいになってからのことだったんですけど。変な話、僕ももうすぐ40歳になるんですね。そこで人生の折り返し地点まで来たのかな、という思いもあって、音楽家として自分が純粋に表現したいものを吐き出してみたいっていう気持ちもあるわけです。そうした願望も同時に抱えていたので、ここでlynch.の活動ペースを少し落とさせてもらって、空いた時間を自分の活動に充てさせて欲しいって話をしたわけなんです。


  • —— 2020年10月の時点でそうした意思表示をしていた、と。そういった葉月さんの意向を全員が認識したうえで、以降の活動が続いてきたということになるわけですよね?悠介さんが新たに健康というプロジェクトを始めたのも、それを踏まえたうえでのことだったんでしょうか?

    悠介:そうですね。実際問題、バンドの活動ペースを落とすということは、その間はアウトプットする場所がなくなる、制約が出てくるということじゃないですか。そうなってくると、ミュージシャンとして吐き出す場所がない。そこで何もせずにいるというのは、死んでいるのも同然のことだと僕は思うので。


    —— 極端な言い方をすればそうなりますよね。少なくとも音楽的に“不健康”ではあります。

    悠介:そうですよね。もちろん表立った活動をしない時期に、lynch.のために曲を作り溜めておくというのもひとつの手ではあるんですけど、それだけだと、僕からすると何もしてないのとほぼ同じことなので。ただ、僕の場合も葉月君と同じように、lynch.では出せないものというのを出したいな、という気持ちがある。そう考えた時に、新しいプロジェクトを始めようかな、という考えに至ったんです。

    —— ということは、葉月さんからそういう話が出た時、悠介さんとしては納得できたというか理解できる部分が大きかったわけですね?

    悠介:なんていうか……単純に「できないものはしょうがないよね」っていう想いもあるので。僕も『EXODUS-EP』の時に初めてlynch.用に曲を作り出すようになりましたけど、やっぱ、lynch.で出すために作るのと自分の好きな音楽を作るとでは、ちょっと違ってくる部分があるんですね。lynch.に合う、合わない、というのもあるし、そういうことを考えながら作る難しさというのがある。だからそういう生みの苦しみというのはすごく理解できるし、それを踏まえると「仕方ないよね」というところに落ち着くというか。

    —— バンドを続けるために一時停止するというのは仕方のない選択肢なのではないか、と?

    悠介:ええ。できない中で無理をして生み出していく、というか。葉月君自身も言ってたように、『AVANTGARDE』ぐらいの頃からそういう状況があったと思うんですよ。しかも時間のない中で。そこで僕らは、締切りに間に合うようにアレンジ面で随時対応していくという感じで。実のところ、そこで常にクオリティの高いものだけが生まれていたかといえば、そうとは言い切れないところもあったように思うんです。多少なりとも妥協をしてる部分というのは、自分の中にもあったし。もちろん、いいものを作りたいっていう想いはあったし、ひとつひとつの作品に魂を込めてきたつもりですけど、「本当はもうちょっとできたんじゃないか?」と思わされることもなくはなかった。だからそうやって無理しながら作るよりも、一度立ち止まってみて「これだ!」というものができた時に作ったほうがいいんだろうな、とも思うわけです。

    —— 外側から客観的に見た時にクオリティ不足を感じていた人がどれほどいるかはわかりませんが、当事者として妥協を自覚していたりわだかまりが残っていたりすると、どうしてもそういう感覚になってしまうのではないかと思います。ただ、たとえば通常のライヴ活動ができている状況であるならば、仮に納得できていないまま世に出た曲があったとしても、それを日々のライヴで消化しながら発展させていき、次の作品に向かう上でのヒント発見に繋がっていくケースというのがあったんじゃないでしょうか。そういったプロセスが得られない日常になってしまったことも、そうした判断を決定的なものにしたのかな、という気がします。

    悠介:それも、あるかもしれないです。

    —— ストレートに言えば、当たり前のようにツアーに日々を費やせている状況だったなら、休止というのは考えずに済んでいたかもしれない、ということです。

    悠介:そうですね。ただ、曲作りの大半を葉月君に任せてきたことに対する責任というか……実際、それゆえに音楽的な変化が行き詰まったところもあると思うんです。『EXODUS-EP』の時に、みんなで曲を持ち寄りましょうということになった以降、たとえば僕が作るもの、AKが原案を持ってきて葉月君と合作したものというのもありましたけど、コンスタントに充分な量を常に提示できてたかといえば、そんなことはなかったので。それがもうちょっとあれば少しは状況も違ってたのかな、という気はします。ただ、さきほども言ったようにlynch.としてのイメージを考えて作るというのは僕にとって簡単なことではないし、そこから掛け離れたものを作りたいわけでもない。なるべくバンド・イメージに沿ったものというのを意識しながらやってきてはいたんですけど、自分の中で納得できるところまで持って行くのがなかなか難しくて。ようやくここ最近、『Xlll』当時ぐらいから出せるようになってきたかな、という自負はあるんですけど、やっぱりそこに至るまでに時間もかかってるわけです。それを考えると、今回のように葉月君のほうから「もっと他のメンバーの色も出したい」「みんなの楽曲を取り入れていこう」という申し出があったとはいえ、それをやるためには多分ものすごく時間がかかると思うんです。これってもう、経験値を積み重ねてくしかないことだから。だから今回の判断がこの先どう作用していくことになるのかについては、僕は正直、不安でもあります。なにしろ時間がかかることなんで。ただ、そのためにも一度止まる必要があるんだと思う。

  • —— 晁直さん、そういった決定が下されていくなか、事態をどんなふうに受け止め、どんなことを考えていましたか?

    晁直:僕自身は曲を作ってこなかった人間だからわからないところもあるけども、ゼロから何かを生むっていうのが大変なことだというのは多少なりともわかってるつもりなんです。ただ「作って出す」という単純なことではないし。ひとつのものが完成するまでのプロセスってめちゃくちゃあるじゃないですか、最初にテーマとかを決めるところから始まって、正解を探りながら進めていくというか。もちろんその正解というのは、それを考えた当人の中にあるはずだと思うんですけど、やっぱりこうして十何年もやってくると、自分自身に対して懐疑的になる部分も出てきたりするのかな、と僕は感じていて。だから一度止まりたいということを言われた時もわりとすんなり受け入れられたというか、否定的な気持ちにはならなかったし。曲作りをしてこなかった自分なりに理解できる部分というのもやっぱりあるから。

    —— 楽曲面のことを除けば、晁直さん自身としては特に「ここで時間が必要」という感覚ではなかったんでしょうか?

    晁直:どうでしょうね?ただ、この17年間、甘えてきた部分というのがやっぱりあると思うんですね、僕自身に。ライヴ面での活動展開とかについてももっと積極的に発言しておけば良かったかなとか、曲作りももっと頑張ってみるべきだったかなとか思う部分はあります。ただ、それは今だから言えることでもあって。そういう甘えの部分をなくしていく意味でも、一回活動を止めるというのはいいことではあるのかもしれない。なんとかそういう部分をそぎ落としていくためにも。

  • —— 明徳さんはいかがですか?今回の話が出た時に率直にどう思いましたか?

    明徳:活動のペースを落としたいっていう話自体には全然納得できたんです。ただ、その提案をしてきた時の葉月さんが、なんか……どう言ったらいいかわからないんですけど、すごく弱ってる感じに見えたんですね。みんなに対して申し訳ない、という気持ちがすごく伝わってきて。それが僕の中ではショッキングな出来事だったんです。だからこそ、ライヴの本数を減らすことになろうが、リリースのペースが変わろうが、それがバンドをベストな状態で存続させるための手段になるならそうするべきだと思ったし、僕自身はすんなり受け入れられました。曲作りについてもそうですけど、結局はバンド自体の動きに関することすべてに関わる問題なのかな、とも思えるんです。これまで常に葉月さんがメインとなって提案とかをしてきたわけですけど、それに対して僕も含めてみんなからの意見が少なかったんじゃないか、とは思う。もちろんそれは葉月さんを信頼してるからこそなんですけど、自分たちはそれを援護する側、サポートする立場であればいいという雰囲気になり過ぎていたのかな、というのはありますね。


  • —— 皆さんの発言を踏まえたうえで改めて思うのは、従来の活動のあり方のまま進んでいくには無理が生じてきて、限界が近付きつつあったのだろうということです。そこで大きく躓いてしまう前に立ち止まってみようという判断だったのだろう、と。もうひとつ思うのは「自分たちがやってさえいれば、それがどんなものだろうとlynch.の音楽だ」という考え方ではないんだな、ということ。lynch.の音楽はこうあるべき、というヴィジョンをとても重んじている。悠介さんの言う曲作りの難しさの理由も、葉月さんが感じてきたジレンマの理由も、そこにあるのではないかと思えます。

    葉月:そもそもはそうですよね。それで悩んだりした時もありました。でも、そこに関しては、逆に今のlynch.だったら解決できるというか、音楽的な幅を持てるんじゃないかな、と思ってるところがあるんです。ただ、かといってそこで僕が「ここからここまで」とその幅を設定するようなことになると、また同じようなことになってしまい兼ねない気がするので、そういう意味でもっとみんなの色を取り入れたいな、と考えたわけなんです。

    —— その幅を見きわめるための時間が必要、ということでもあるわけですね?その間に皆さんからいろいろなものが出てくることも期待しながら。

    葉月:そうですね。ただ、活動を止めることに関しては僕が発案したわけではないんです。むしろそこについては反対派だった。自分から「ペースを落としたい」と言っておきながら矛盾してるように聞こえるかもしれないけど、僕はむしろ、最後まで「止めなくてもいいんじゃないか」と言っていた側で。そこは、玲央さんに訊いてもらったほうがいいんじゃないかと思います。

  • —— つまり葉月さんの望みは「止まるということを明言せずに活動を緩やかにしていく」ということだった。玲央さんにはその選択肢はなかったということですか?

    玲央:僕としては、現状のlynch.のままでは闘えない、という判断でした。僕の主観に過ぎないと言われてしまったらそれまでなんですけど。それは、誰かに負けたとかそういうことではなく、一度止めて再起動をかけたほうが、後悔なくスムーズに進んでいけるんじゃないかというところからの判断で。結局、いちばんに考えたのは「この状態のlynch.を皆さんに観ていただいて、聴いていただいていいのかな?」ということでした。そうした思いを抱えながら動き続けるよりは、仮に何らかのマイナスの作用が出てくるとしても、自分たちとして自信をもって届けられるlynch.だけを観てもらいたいし、聴いてもらいたい。そこで騙しだましやり続けていくのはちょっと誠実さに欠けるんじゃないかな、と考えたわけです。

    —— 無理矢理続けていくことで事態がどうにか転がっていくこと、意外なほど上手く進んでいくケースというのもあるはずです。ただ、その可能性には甘えたくなかったというか。

    玲央:そういうことですね。むしろ2021年前半のツアーで、それを見きわめたかったところもあったんですが、そのツアーが終わってみて僕自身が感じたのは「ちょっと仕切り直しが必要だな」ということだったんです。誰が悪いとか、そういうことではなく。バンドって、各メンバーという歯車がそれぞれ回ることで大きな動きを成していくものだと思うんです。そこで、綺麗に噛み合わないまま回してしまっても、刃こぼれしてしまうだけかな、と。そんな感覚でした。だから壊れてしまう前に一度止めて、より良い噛み合わせになった時にまた始めることにしたほうがいいんじゃないかな、と判断したんです。

    —— つまり、ある種のメンテナンス期間でもある。精密機械に分解掃除みたいな機会が必要であるのと同じように。

    玲央:そうですね。だからまあ、今回の件は、言ってしまえば僕のわがままだと思うんです。このまま続けたいというメンバーもいたし、何か他のやり方があるんじゃないかという意見ももちろんありました。ただ、結成当初からの「ここだけは譲りたくないな」という部分があって、それは「このメンバー全員で一緒に闘う」というバンド感みたいところなんですね。このバンドには、最初からスター選手はいなかった。そんなバンドがこうして16年続き、17年目に突入して、皆さんに愛されながら続けてこられたのは、年齢も環境も違う人間が集まり、不器用ながらも真摯に向き合うことでひとつのことを成し得る、というところでのエネルギーの存在ゆえだと思うんですね。そういう部分を自信をもって見せられない状況であるならば、いっそのこと人前に出なくていいんじゃないかな、と僕は考えたわけです。実際、このコロナ禍は、思うように活動できなかった。ただ、それはあくまで受動的というか致し方ないところでの停滞だったわけですけど、今は、能動的に自分たちの側から止めようという判断をしたわけなんです。

    —— 止めるという決断は、今後の可能性を信じるからこそのものですよね。時間さえあれば取り戻せるもの、獲得できるものがあるという確信がある。仮にそれがなかったなら、そんなことは想像したくないですけど、バンドの終わりを覚悟せざるを得なくなる。

    玲央:ええ。だからこそ「一時活動休止」という形をとりたい、と。ただ一言、活動休止という言葉だけを提示してしまうと、ほぼ解散に近い意味合い、未来のない休止のようなニュアンスで受け止められがちだと思うんです。同時にこの宣言はむしろ、自分たちに対して課しているものとしての意味合いのほうが大きいというか。晁直も言ってましたけど、やっぱり僕自身にも足りないところがすごく多かったと思う。そこの意識を変える意味でも、これぐらいの重責が自分たちに課せられているという意識を持つべきなのかな、と。多分みんな、活動休止なんて言葉は使いたくないだろうと思うんです。でも、それぐらいの重みを伴った形での発表のほうが、僕ら自身も本気で仕切り直せると思いますし。葉月も実際、長きにわたってすごく辛い時期を過ごし続けてきたわけだし、それぐらい強い言葉じゃないと足りないんじゃないかな、という判断ですね。

    —— 正直なところ僕自身もわざわざ「活動休止」という深刻な響きの言葉を掲げる必要はないんじゃないかと思っていました。コロナ禍の影響で長期間にわたり動きが停滞している実例はたくさんあるわけですし、敢えてそうした言い方をしなくてもいいんじゃないか、と。ただ、今の玲央さんの発言からも、自分たちの意志で一時停止するということの責任の大きさを自覚するための発表でもあるということがわかります。

    玲央:そう解釈して欲しいですね。同時にそれが、今の僕らに表すことのできる誠意だとも考えているので。

    —— 一時ということですが、その期限はいつ頃になるんでしょうか?
    玲央:具体的なところはまだなんとも言えません。これから考えていくことになります。

    葉月:ただ、中止にしてしまった日本武道館公演を、2022年中には実現させたいと思ってます。いや、絶対にやるつもりでいます。

  • —— その言葉は心強いです。つまり、今現在のような状態のまま武道館に到達したくない、ということでもあるわけですね。そうしたことも踏まえれば、今回の決断がネガティヴなものではないことはよくわかりますが、実際、葉月さんのソロ活動があったり、悠介さんの別プロジェクトが始動していたりすることが今回の決断の引き金になっているんじゃないか、といった受け止め方をする向きもあるかもしれません。一時活動停止という言葉が報じられれば、どうしても不安を掻き立てられるし、誰もがその原因を探ろうとすることになるわけで。

    悠介:そうですよね。僕自身、そんなに前向きな人間ではないし、ファンの方々に心配をかけずにおくための上手い言い方というのも思い浮かばないんですけど、そこにネガティヴなイメージは持って欲しくないなと思います。僕自身、lynch.ありきで健康を始めてるわけで。健康のせいでlynch.が止まるとは思って欲しくないし、そこは勘違いして欲しくない。そういうアウトプットの場があるからこそ、次に向けてのよりいい曲、lynch.のための曲というのを書けるんじゃないかというのもあるし、その準備をさせて欲しい、ということなんです。だから待っていて欲しいし、その気持ちをわかって欲しいな、と思います。

    玲央:これは葉月や悠介の口から言うよりも僕が言うべきだと思うので補足しておくんですけど、葉月のソロや悠介の健康のせいでlynch.の活動計画が立てられずにいるわけではないんです。lynch.のスケジュール発表が何もないまま葉月や健康に関することが公表されると「それをやる時間があるならlynch.をやれよ!」と感じる方もいるんじゃないかと思うんですけど、それが妨げになっているわけじゃ全然ないんです。そう受け止められてしまうことを避けるうえでも、lynch.の一時停止をきちんと謳ったほうがいいだろうという判断だった。そのへんは上手く伝えられたらいいなと思うし、理解してもらえると嬉しいところではあります。

  • 晁直:一時とはいえ止まるのは事実だし、悲しむ人も多いだろうなとは思います。ただ、バンドっていろんな人間の集まった生命体みたいなものだし、そこで誰かが病気に罹ったりすることもある。まあ自分たちの場合は病気になったわけではないし入院するわけでもないけども、今まで突っ走ってきて、ちょっとしたメンテナンス期間が必要になったということなので。そこで個々が完全に休むというわけもないし、それぞれいろいろと準備をして戻ってくるというか。そうとしか言いようがないですね。過去にも休止みたいな言葉を掲げていないながらも活動できなかった時期というのはあったじゃないですか。今回はそれに比べるとほんの少し長くなるかもしれないですけど、自分たちの側から一時活動休止と謳って止まるのは初めてのことだし、ちゃんとした目的のあることなんで、できれば前向きに受け止めてもらいたいです。少なくとも僕ら自身としては前向きな判断として捉えてるし、悲しまないで欲しいですね。


    —— 判断が前向きなものである以上、解釈もそうあって欲しいということですね?

    晁直:ええ。そうあって欲しいなっていう希望ですね。

  • 明徳:多分、記事が出る時には「活動休止!」とかっていう言葉で伝えられることになるんだろうし、その言葉ってやっぱりショッキングだと思うんです。だけどファンの人たちには、むしろ僕らからの業務連絡ぐらいの感覚で受け止めてもらえたほうがいいんじゃないかと思っていて。活動ペースが緩やかになるというか一時的に止まることにはなるけど、バンドが終わるわけじゃないんですよ、という連絡。一時活動休止という言い方をするのは単純にそれ以外に言葉がないからだし、その言葉の重みを背負うのはみんなじゃなくて僕らの側だと思うので。だから今後しばらくlynch.としては人前には出ない期間が続くことにはなりますけど、その言葉の重みを背負いながら、今後に繋げていくためのことをしっかりとやっていくんで……とにかくホントに、ファンの人たちには「あんまり心配しないで」っていうことをいちばん言いたいですね。

  • 玲央:そう、これはlynch.を続けていくための、新しいやり方を再構築するための期間なんです。続けていくという目的は変わらないんだけど、そのやり方が変わるというか。ただ、くれぐれも今回のことを悲観的には捉えて欲しくないんですね。僕自身、これはアーティストとして、バンドとして健全なことだと思ってるんです。同じことをずっと繰り返し続けていくのって、よほどそのやり方にこだわっているか、思考が停止してしまってるかのどちらかだと思うんです。僕らの場合、当然こだわりはあるけども、続けていくための変化は厭わない。そこを理解してもらえると嬉しいな、と思います。今回こうしてインタビューという形式で実情や経緯をお伝えすることにしたのも、中途半端なコメントやオブラートに包んだ言葉での発表よりも、このほうが自分たちの真意が伝わるんじゃないかと考えたからなので。それがまっすぐに伝わることを願っています。

  • インタビュー&文:増田 勇一